Akosmismus

Me, poor man, my library was dukedom large enough.

『赤村崎葵子の分析はデタラメ』「ラブレターを分析する」を分析する

 技巧的な論証は、ほかの技巧的なものがすべてそうであるように、ただ選択の問題です。
何を話し、何をいい残すかを心得ていさえすれば、どんなことでも好きなように、
しかも充分に説得力をもって、論証することができるものですよ。

——アントニイ・バークリー『毒入りチョコレート事件』

 

 

赤村崎葵子の分析はデタラメ (電撃文庫)
 

 

0.

『赤村崎葵子の分析はデタラメ』(以下『赤村崎葵子の分析はデタラメ』を「正」、『赤村崎葵子の分析はデタラメ 続』を「続」と略記する)は多重解決ものかつ信頼できない語り手ものの小説とみなされているし、じっさいにそうである。しかも、多重解決ものでありながら、作中ですべての真相が開示されるわけではない。作中のテルの分析、章間の(おもに Wilhelm による)再分析、巻末の裏分析を経て、なお作品世界の事実は組み尽くされていない、というか、記述には無数の矛盾や不整合が残されている。それは語り手のトキオを含めた登場人物たちが事実を歪曲、隠蔽しているため、そして、テルや三雫の分析が、彼女たちの実力不足ないし上記の歪曲及び隠蔽のために不正確かつ不徹底だったためである。

 にもかかわらず大半の読者は裏分析の水準で満足し、矛盾の数々を等閑視するか、そもそも気づかない。深読みをするのは面倒だし、難しいし、時間がかかるし、それに見合うほど楽しく有益なことである保証がない*1からである。とはいえ深読みや真相に拘泥することを忌避するのはべつだんおかしなことでも悪いことでもない。与えられた解釈を疑わず、それに安住する(できる)という人間の機能がまさに信頼できない語り手という文学の技法を可能にし、それに価値を与えてさえいるのだから。

 そういうわけで以下でわたしが行うのはなくもがなの落ち穂拾いであり、それが作中世界の事実と一致する保証はないし、もちろんすべての未解決点を網羅するものでもない。なのになんでそんなことをするかといえば、わたしが黒胆汁質の人間だからにほかならないし、(これは『ウィトゲンシュタインの愛人』の感想でも書いたようなきがするけど)「この作品には深読みや解釈の余地がある」とだけいってじっさいに深読みも解釈もしない(できない?)ここ掘れワンワン型の人間にはなりたくないからでもある。

 

1. 「ラブレターを分析する」を分析する

1.1 作中分析の矛盾

 正・分析 1 の「ラブレターを分析する」事件は、作中で「神田なつみがトミノに宛てて送ったラブレターをトミノが兄のトキオに転送した」と分析されているが、この物語が作中の事実だとしたら以下のように作中の記述と矛盾する、あるいは不自然さが残ることになる。まずはそのことを確認しよう。

a) なぜ神田なつみが屋上におらず、それどころか教室のなかにいたのか。

b) なぜ4 月に入学してきたばかりの高校一年生に「あなたは私のことをよく 知らないと思いますが私はあなたのことをよく知っています」「学校ではいつもあなたを目で追っていました」という内容のラブレターが届いたのか。

c) なぜテルは変装し、カメラを持って屋上にいたのか。

 a) から。神田なつみは屋上にいなかった。トキオとトミノが屋上に着いたとき、そこにはテルしかいなかった。屋上には隠れられそうな場所といっても給水タンクの陰くらいだが、テルはそこにいたのであり、しかもテルは放課後すぐに屋上に来たというが、それから誰も屋上には来なかったという。つまり放課後すぐテルが屋上に来てから、トキオとトミノが来るまで、神田なつみのみならず、だれも屋上には来なかったと考えられる。

 屋上にいなかったのならば神田なつみはどこにいたのか。教室だ。トミノがトキオの腕を取って見せびらかすように一年の教室が並ぶ廊下を歩いていたとき、「信じられないものをみたように顔をひきつらせる女子」がいたが、これが神田なつみである。そもそも高校一年生の女子生徒が男子生徒の腕を取って歩いていたところで、ふつうは囃したてこそすれど、それが「信じられない」ものであるとは思わないはずで、この描写が当てはまるのは、思い込みが激しく、嫉妬心の強い神田なつみだけである。

 しかも、神田なつみがラブレターの差出人だとしたら、教室に残っているのはおかしい。時間指定が「放課後」だけだった場合、テルのように放課後すぐに屋上に行くのがふつうである。神田なつみとトミノは同じクラスであるから、トミノが教室を出ていくのも確認できたはずで、そのあとも教室に残っているわけがない。よって神田なつみはラブレターの差出人ではない。

 

 続いて b) だが、トミノは「四月に入学したばかり」である。四月に入学してきたばかりの人間が通常「いつも見ていました」という内容のラブレターを受け取ることはない。あるとすれば中学、あるいはそれ以前から所属が同じだった場合だが、だとすれば差出人はその属性を隠す必要がない。舞台となる高校は私立高校であり、同じ中学から来た生徒が皆無ではないにしても多数ではないことが予想されるし、どうせ相対すれば誰だかわかってしまうのだから、手紙の時点でじぶんが以前からトミノのことを知っていることをアピールしたほうがよい。

 あるいはこのラブレターが真摯な思いを伝えるためのものではなく、狙撃でも嘲弄でもなんでもいいが、トミノを屋上に呼び出すためのものだった場合でも、「いつもあなたを目で追っていました」は不適切だ。高校一年生を相手にそういったいたずらを仕掛けるならば「一目見てあなたに興味を持ちました」のほうがふさわしいだろう。よってトミノはラブレターの名宛人ではない。

 

 c) テルは長いかつらで変装し、カメラを持って屋上で待機していた。それは「分析調査」「部活動」の一環で、かつその変装は「人に好かれやすい外見的シンボル」として選ばれたものであるらしい。しかし、テルがじっさいにトキオたちの前で行った分析といえば、スーパーボールを利用した傾斜の測定で、これには変装もカメラも必要がない。つまり、テルは屋上にいる理由をふたりに隠している。

 

1.2 真の差出人

 a), b), c), を総合するとラブレターの差出人は神田なつみではなく、名宛人はトミノではなく、しかもテルは屋上にいる理由を隠している。ところでトミノが名宛人でないならば残りの「加茂」はトキオだけであり、ラブレターの名宛人はトキオだと考えられる。差出人はだれか。その日の放課後屋上にいたのはトキオとトミノを除けばテルだけである。よって差出人=呼出人はテルだと考えられる。目的は? 魅力的な女子生徒からラブレターを受け取ったトキオの反応と表情を観察するためだろう。(じっさいにはすぐ変装を見破られたとはいえ、)魅力的にみえるような変装をしたこと、カメラを持っていたことがそれを裏付ける(カツラについて訊かれたとき、「もちろん、分析結果の検証をするためだ」と答えている)。

 ようするに、テルはトキオを放課後屋上に呼び出すためにラブレターを書いた。呼び出すためのものであるから差出人の名前がなく、具体的なエピソードや思いに欠け、便せん二枚という分量でありながら「屋上にこい」としかまとめようがない文面になってしまったのである。トキオがトミノを伴って現れたため当初の予定は崩れ、自らの真の動機を隠すためにいい加減な分析で煙に巻いたのだ。

 

  

 ところで。こんな分析で説得されているようではまだまだ甘い。この物語を採用したくとも、即座に次の疑問が浮かぶはずである。

d) だとすればなぜトミノは兄が告白を受けに行く場についてきたのか。

e) 封筒と便箋の折れ目はなぜ一致しないのか。

 トミノ転送説では問題にならなかったが、トミノがトキオに着いてくる d) のは明らかにおかしい。トミノは人を信じやすいが非常識ではない。すくなくとも、兄が告白を受けに行く場に、いくら兄が断るつもりだとはいえ、同行するような人物ではない。占いの結果を信じ込んでいるから? まさか、身内に優しくするのが目的なら、なおさら兄の人間関係にひびを入れるような行動をする意味がない。一緒に帰りたければ告白が終わるまで待っていればいいだけの話である。

 さらに、転送説を破棄した場合、封筒と便箋の折れ目が一致しないのも問題として残る。いくらテルでもラブレターを装った手紙を作るにあたってそれらしい封筒を用意しないわけがない。無骨な封筒に入れるというのはありえない。

 結論からいおう。トミノからトキオへの転送は行われた。だとすればなぜトキオ宛てのラブレターがなぜトミノの下駄箱に入れられたのか。テルが誤配したからである。

 

1.3 誤配

 なぜテルは誤配したのか?

 同じ苗字とはいえ、学年の違う兄妹の下駄箱を間違えたりはしない――ふつうは。しかし、この事件が起こったのは四月である。四月といえばだいたいのひとがやったことがあるとおもうが、前のクラスの教室や下駄箱に足を運びがちなものである。それと同じことが投函時に起きた。

 しかし、テルも二年生なのに、一年生の下駄箱と混同するだろうか? とはいっても、たとえばラブレターを下駄箱に入れるとき、登校して自分の下駄箱に靴をいれ、その足で鞄からラブレターを取り出して投函するだろうか?

 テルは寮暮らしで三雫と同室だが、寮で便せん二枚もの分量の手紙を三雫にバレずに認めるのは難しそうだ。学校の、たとえば分析部(将棋部)の活動場所である第二会議室で書いたと考えてもよい。テルは一度登校してから、第二会議室かどこかに事前に書いてあった手紙を回収し、それから下駄箱に入れに行こうとしたのではないか。その際、まだ学年が変わってすぐということもあり、誤って一年生の下駄箱へ向かってしまった。二年生の下駄箱には学籍番号の記載しかないらしいが、「他学年のところはどうなっているか知らないけれど」というトキオの記述が示唆しているように、トミノの下駄箱には「加茂」の記名があったのではないだろうか。去年トキオが使っていた下駄箱、あるいはその近くにある下駄箱は、苗字が同じトミノが偶然――といっても、もしトミノのクラスが去年トキオの在籍していたクラスだったとしたら、苗字が同じなのだから学籍番号、あるいは下駄箱の位置が同じ、もしくは近い位置になることはそう低い確率とも思えないが――使っていたのではないだろうか。

 こうしてテルはトキオ宛の手紙をトミノの下駄箱へ誤配した。もちろんすぐに誤りに気づいたかもしれないが、確認しにいったときにはすでに登校したトミノが回収してしまっていた。

 トミノは誤配された手紙を開封する。通常ラブレターを受け取っても見て見ぬふりをするトミノだが、無記名で「ずっと見ていた」という内容のラブレターが入学したての自分に届けられたという事実にはさすがに違和感というか、恐怖を覚えた。ストーカーに近い人物に狙われていると考えても不思議はない。あるいは、そういったことをしそうな人間――神田なつみ――のことが脳裏をよぎったかもしれない。いつものように見て見ぬふりをするのは不安だ。だから兄を使ってどのような人物が差出人なのか確認し、親密さをアピールすることで推定ストーカー氏を牽制しようとしたのである。

 トキオの下駄箱に届けられたラブレターの封筒と便箋の折り目が一致しなかったのは、封筒に差出人の名前が記載されていたため再利用できず、転送時に別の封筒を用意する必要があった、という理由ではなく、(むしろ封筒も無記名であった可能性が高いのだから、)単純に、常識的に考えて、トミノ開封済みの封筒を再利用するほど非常識ではなかったからだ。カッターで切ったか、糊を手で破ったか、いずれにせよ開封済みの封筒を再利用すれば形跡は明らかで、だからトミノは無骨でも新規に封筒を用意しなければなかったのである。

 しかし、そういう事情ならなぜトミノは正直に兄に経緯を説明しなかったのか? 彼氏のフリ作戦は迂遠で失敗する可能性も高いのに。それはトミノが二年前の事件をトキオが起こした暴力事件として認識しているからである。トミノは当時の記憶を失っており、あの事件について、兄弟の別居の理由について、トキオが発作的に暴力事件を起こし、母親を事故に合わせた、という物語で認識している。じっさいにはそうではなかったのだが。そんなトキオにストーカー被害を告げたら、暴力的な手段をよもやまた取るのではないか、そう慮ったかもしれない。そうでなくとも、いったい誰が自分の兄に、自分がラブレターをもらったと教えたがるだろうか。トミノが天真爛漫に見えて策を弄しがちなことは続第一話でも描かれており、とくにキャラクター設定と矛盾するわけではない。

 

1.4 囁き

 これだけ辻褄合わせをすればさすがに矛盾や不自然さはなくなっただろうかといえば、なんと、まだある。正・分析 3「ディテクティブを分析する」では神田なつみが差出人でトミノが名宛人、かつトキオに転送されたという説が前提として犯人の分析が進められているのだ*2。この点を解消してようやく誤配・転送説は成立するといえよう。

 

 ところで、「ヴィルヘルムがそう囁いている」――これはテルのキメ台詞だが、このセリフが出てくるタイミングには明白な法則がある。ふつう探偵がキメ台詞を吐いたら、それは真相を言い当てることの前兆だが、分析者にすぎないテルのキメ台詞は、そんなつまらない物語上の機能なんて一切担っていない。「ヴィルヘルム」のことをトキオはさいしょテルの副人格かなにかだと勘違いしていたが、それは自殺した大戸輝明のことだった。ヴィルヘルムの囁きがテルの耳に告げているのは真相ではない。助けを求めるひそやかな声だ。正の分析 2 であればサラリーマンが自殺を考えているのではないか、という懸念が囁きとして聞こえたし*3、だれかの苦しみがテルにはヴィルヘルムの囁きとして聞こえるというのは正・続のほかの用例をみても明らかだ。

 ところで、であれば、ラブレター事件においてテルはだれのどんな声を聞いたのだろうか。もちろんトミノが助けを求める声だろう。

 

 そもそも、誤配した時点でテルは誤配された「加茂」氏を屋上で待つ理由はなかった。それをわざわざ屋上で待っていたのはもし「加茂」氏が呼び出しを受けて屋上に来てしまった場合に説明をするつもりだったからだろう(正・分析 2 で善意の募金者に返金しているように、テルは分析活動のために他人に迷惑をかけても、道理を通すことは忘れていない)。だが、屋上への階段を上る足音がふたつ、そして、呼び出しに失敗したはずのトキオの声と、知らない女の声がするとあって、給水塔の陰に隠れた。

 トミノがトキオの妹であることは会話の流れですぐにわかった。であれば、テルにはすぐトミノがトキオにラブレターを転送したことがわかったはずだ。手紙が兄宛であることに気づいて、気を利かせて転送してくれたのか? それだったらトミノがついてくるはずがない、とすれば、トミノは誤配されたラブレターを自分宛だと思っていることになる。自分宛のラブレターを兄に転送し、その兄について屋上に来たトミノの真の目的は……。

 胡乱な分析をしながら、テルはトミノが誰かに好かれており、そのために迷惑、困惑していて、兄を使ってそれを牽制しようとしていることに気づいた。この段階でテルの目的は「兄のトキオにそれを悟らせずにこの状況に説明を付けること」になり、それは見事に成功した。テルはほんとうにトミノの状況に気づいていたのか? 気づいていたことは作中の記述から明らかだ。「書いた人間と送った人間は別なのでは?」と一度転送説の真相に触れているし、それにトミノが「な、なるほど!」と肯定的な反応を見せている。かつ、その直後に「ではトミノちゃん、いま付き合ってる人か、気になってる人がいる?」と訊いている。これにトミノがイエスと答えたことで、テルはトミノが誰かに迷惑な行為を向けられて困惑していると確信した。確信した以上、あとは真相に触れずにトキオを騙してこの場を収束させるだけでよく、こうしてはじめてテルは「狙撃/嘲笑説」を唱える。トキオは気づいていないが、狙撃説は「書いた人間と送った人間は別」という従前の分析を破棄している。

 また、おそらくテルはその後アフターケアとしてトミノに事情を説明したに違いない。テルが分析の実力の一端を示し、トミノの事情に気づいていることを仄めかしさえしていなければ、正・分析 3 でトミノが分析部に助けを求める動機がないからだ。

 そして、正・分析 3 でラブレターの著者が神田なつみであるとされていることが矛盾であると先にいったが、これはトキオからのまた聞きで勘違いしている三雫だけが採用している結論だ。【ケイタイ電話の通話にて】で、テルは一度も「神田なつみがラブレターの差出人だった」とは言っていない。

 

 こうしてすくなくとも正・分析 1 についてはようやっと作中の明示的な記述と矛盾しない物語を作り出すことができたようである。おなじような遊びはたぶんほかの章についても行えるし、行うべきなのだろうが――ちょっと疲れたのでまたこんど。

 

2. 続きます

 すくなくとも『赤村崎葵子の分析はデタラメ』についてはもっともっともっともっと語るべきことが山のように残されている。今のところ、二年前の夏の事件の表に出てこなかった真相についてまとめたいと思っているし、それを踏まえたうえで、ヴィルヘルムから託されたウィリアム・テルの帽子の意味をテルが勘違いしていることを証明したいとも思っている。がんばりま~す。

*1:し、ほかに読みたい本も読まなきゃいけない新刊もいっぱいある。

*2:ちなみにべつに神田なつみじっさいにはラブレターを書いていなかったとして、第三話の分析にはなんの影響もない。

*3:裏分析でトミノが「笑っているから気づいていない」と主張しているが、笑いの意味はどうとでも取れるのであって――たとえばこの程度のことで自殺を疑う自分の神経過敏を自嘲した、とか――、そう重篤な指摘とは思われない。